国政報告(第254号)

 第二次安倍内閣が改造されて1か月半、残念ながら、小渕経済産業大臣、松島法務大臣と二人の閣僚が辞任する事態となりました。平成24年末の総選挙で再び政権を担当させて頂いて1年半余り、一人の閣僚も欠けることなく安定した運営を続けてきていただけに、今回の事態は残念であり、また、改めて政府・与党の一員として大いに反省し、お詫びする所です。公職選挙法や政治資金規正法は、政治に携わる私たちが守るべき基本的なルールであり、そのココロは、常識的な判断で物事に臨めば概ね許される事の筈です。私も気持を締め直して、今臨時国会で仕上げるべき案件に取り組んで行きたいと思います。

 週末の18日(土)は、四方県議、梶県議とともに、19日(日)告示の氷見市議会議員選挙に自由民主党推薦で立候補予定の14陣営を激励に回りました。今回の市議選は定数17に対し、21人が立候補し、厳しい選挙戦になりました。各陣営が自らの主張を一人でも多くの有権者に訴え、指示を得られるよう、祈っています。

 同日夕刻の飛行機で、羽田経由那覇に向かい、19日は、来春に米軍から返還される西普天間地区の跡地利用について、「OHMIC(沖縄健康・医療イノベーション・センター)構想」の報告会に臨みました。党の沖縄振興調査会の猪口会長、島尻事務局長、地元の比嘉、宮崎代議士とともに、琉球大学医学部、沖縄県庁、宜野湾市役所を回りました。これで本年4回目の沖縄出張で、本来は7月上旬に伺う予定だったのが、台風で延期となり、30日(木)告示の沖縄県知事選を前にしてギリギリのタイミングとなりました。

 西普天間地区の50ha余の土地には、琉大医学部及び附属病院が移転する事となりました。OHMIC構想は、これを核に、重粒子線治療施設や遺伝子解析・新薬治験施設を配置し、県が目指す「長寿日本一県の復活」に資する活動にも取り組む「国際医療拠点」の形成を目指すものです。その前提として、地区の立ち入り調査や、地権者の土地売却を容易にする手立てが必要ですが、今回のOHMIC構想ではこの点も詳細に記述し、内閣府が新年度に向けて予算・税制要求した事項に反映されています。この上は、年末の財務省・党税調の査定でしっかりと認められるように努力していきます。

 19日に東京に戻り、20日(月)は、南砺市福光太美山地区の皆さんの国会訪問を受けました。地区の多様な子ども達の教育に全生涯を捧げられた山崎兵臓先生の事跡をまとめた御本の自費出版分の寄贈を受けました。今後、東京でこれはと思った方にお分けし、読んで頂ければ、と思います。21日(火)は、冒頭の2大臣の辞任に伴い、本会議で趣旨説明・質疑が予定されていた土砂災害警戒区域に係る法律が23日(木)に延期されるなど、当初予感できなかった事態のために国会審議が先送りとなっています。この状況を少しづつでも改善させるのが国対の努めであり、来週には良い報告ができるよう、頑張っていきます。

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