9月13日(金)、内閣改造に伴う副大臣人事があり、復興副大臣を退任しました。昨年10月の再任以来11か月余り、前回と合わせて2年弱、東日本大震災からの被災地の復興の現場に立たせて頂きました。主担当の宮城県はもとより、岩手県、福島県を含め、出張は67回となり、青森県八戸市、岩手県洋野町から福島県いわき市まで、太平洋沿岸を中心に43市町村に伺い、当面する課題を把握し、解決に努力してきました。発災から8年半が経過した現在、岩手・宮城など地震・津波被災地域では、ハード面の復旧が完了に近づき、三陸自動車道も令和2年度末までの全線開通予定となりました。原子力災害被災地域の福島の浜通りでも、大熊町の大川原地区が避難解除となり、全町避難の双葉町を含め、帰還困難区域の中でも特定復興拠点では除染作業が進められています。来春にはJR常磐線も全線復旧し、東京・仙台間の特急列車が復活する予定です。
一方、当初の「復興・創生期間」が令和2年度末までと後1年半に迫る中、地震・津波被災地域では住民の皆さんの心のケアや水産業など生業の復活が課題として残っており、原子力災害被災地域では希望される住民の皆さんの帰還など、復興はむしろこれからが本番という段階です。このため、発災10年以降の復興の進め方について政府・与党で議論が進められ、被災地の皆様のご意見も踏まえ、夏の「与党8次提言」で、現行の復興庁のように、政治がリーダーシップを発揮し、各省庁の司令塔機能を発揮できる組織の設置が打ち出されました。これを踏まえ、政府において年末までに基本方針を改定し、今後の復興の進め方のイメージを明示する予定です。私なりに、この間の議論に関われた事も在任時の財産であり、今後も党・国会側から復興庁の取り組みを応援していきます。
地震・津波・原子力発電所の事故と、大変厳しい災害に見舞われた被災地の皆さんには様々なご苦労があり、未だ避難を余儀なくされている厳しい状況を深く認識しつつ、そこから復興へと歩む皆さんの力強い姿にも深い感銘を受けました。東北で頂いた元気は地元、富山に持ち帰るとともに、富山の皆さんにも被災地への想いを大事にして頂くよう、努めていきます。
先週末は14日(土)朝に富山に戻り、15日(日)は地元定塚校下の住民運動会で挨拶の後、夕刻、魚津たてもん保存会会長の海苔洋二さんの叙勲祝賀会に出席しました。海苔さんには全国山・鉾・屋台保存連合会の常任理事も務めておられ、会長としてお祝いを述べました。16日(月)は富山県自治会連合会会長で、高岡市の会長でもある杉江幸男さんの叙勲祝賀会に出席し、長年お世話になった御礼を込めて祝辞を述べました。17日(火)に上京するも、18日(水)は党県連の職域支部・友好団体との懇親会で富山に日帰りするなど、党務中心の新たな環境で、次の役目に備えています。