通常国会が終了し、しばらく地元での日程をこなす日々が続いています。梅雨らしい天候と、夏を思わせる好天が交互に現れ、体調に気をつけながら猛暑に備えなければ、と思います。
6月28日(金)、昨年来何度か日程を調整しながら果たせなかった立山山麓の地熱調査地点と砂防事業の実地見学が実現しました。生憎、霧雨の天候でしたが、県企業局の牧野局長はじめ職員の皆様に同行頂き、国土交通省立山砂防事務所の石田所長ほか現地職員の皆様の案内で主要施設を直に見ることができ、深く感謝する次第です。
当日は有峰ダムから立山カルデラの中に入りました。有峰ダムは、戦前に県企業局で建設を構想して用地買収まで進んだところで戦中の国策で事業主体が変わり、今は北陸電力の貴重な電力源となっています。立山地域への観光客を輸送する富山地方鉄道立山線も、元はダム建設の工事用軌道として敷設されたものだそうです。改めて、先人が治水と併せて水力による電源開発にカを入れ、工業県としての郷土の発展に努力された足跡を偲びました。安政5(1858)年の大地震で大鳶(とんび)・小鳶山が崩落し、常願寺川の下流一帯を土石流が襲ったことに端を発する立山砂防の取り組みは、明治39(1906)年の県による工事着手、大正15(1926)年の国への事業移管を経て今日に至ります。現在も夏場は常時300名を超える工事関係者がカルデラ内の宿舎で寝泊まりして様々な工事に携わっておられます。昭和14(1939)年に完成した白岩砂防堰堤は平成21(2009)年に国の重要文化財に指定されました。今回、その威容を眼前にし、機械力に乏しい当時の施工関係者のご苦労と、80年を超えても主要施設としてしっかり機能している構造物としての優秀性に感銘を受けました。
県企業局が地熱調査のために掘削した調査井はカルデラ内の旧立山温泉跡地の傍にありました。温泉は、千寿ケ原から室堂までの道路が開通するまで登山客で賑わい、昭和48(1973)年に廃湯されました。井戸は、表層の地質探査等の準備を経て、1500m先まで掘削されましたが、残念ながら得られた熱水の温度、量が十分ではなく、事業化を見合わせた状態です。しかし、前述した先人の電源開発に賭けた意気込みにも照らし、現地見学を通じて捲土重来、再挑戦への願いを新たにしました。
29日(土)は秋の知事選に向け、党県連として推薦決定した新田八朗知事との政策協定締結式に臨み、さらに県第三選挙区支部女性部総会、田中南砺市長後援会総会、高岡地区後援会青年部総会に出席しました。30日(日)も南砺市にて県手をつなぐ育成会大会に出席したほか、県第二選挙区支部大会、堂故参議院議員を支援する堂峰会の総会、党魚津支部総会にて県連会長として挨拶しました。週明けも地元を回り、7月3日(水)午後に上京の予定です。